瀬上沢通信員だより:2013春―番外編

5番人気を紹介します!  円海山での出会いから 

某ペット保険会社による「人気犬種ランキング」で堂々5位の柴犬の紹介を忘れていました。
円海山・北鎌倉近郊緑地は豊かな自然に加え、郊外住宅地に囲まれ、起伏もなだらかなことから、人気のペット連れ散歩コースでもあるのですね。
猫連れ? さア、たまにはいるようですが……。

   白い柴犬いっしんどう広場 13_3_2 (200x150)
   3月「いっしんどう広場」で出会いました。

ランキング表の「口上によれば、
・「トイ・プードル」」が4連覇を達成! 高い人気が続く
・人気上位3犬種で全体の52.4%を占める、3強体制は継続傾向
・20代は「チワワ」「パピヨン」、60代には「柴犬」「シー・ズー」が人気 
・ベスト10圏内では、8位と9位の入れ替わりはあったものの、昨年同様の犬種がランクインし、小型犬人気が続いているそうです。

【人気犬種ランキング2013】
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守る会:街宣活動レポート(補足)

ホタルの飛翔数って?  「ルートセンサス法」で数えるそうです

「6月7日がピークで1300頭!」という数字を読んで不審に思われた方もいるのでは……。誰が? どんな方法で?
実は、ホタルの数量調査についてはきちんとした方法があるのですね。

で、その夜Iさんが出合った方は長年「ホタルを守る会」の活動に携わって来られたそうで、本格的な調査方法をふまえた上の数字だった?ようです。

調査方法は調査年度によって若干異なるそうですが、基本的事項は共通。
ちょっと古い資料ですが、2008年の横浜市環境創造局の調査方法が見つかりましたので抜粋して紹介します。なお詳しく知りたい方は横浜市のHPで「ホタル調査方法」と入力すれば、生息環境などの環境調査を含め詳しく載っています。

(2) ゲンジボタル成虫調査、(3) ヘイケボタル成虫調査
a.内容
ゲンジボタルとヘイケボタルを対象に、出現種の個体数を記録した。
b.方法
ゲンジボタルとヘイケボタルの各々の飛翔に最適な時期(6~7月)、気象条件、時間帯(19:30~21:00)に、調査対象範囲内の水路区間に沿ってゆっくり歩きながら観察するルートセンサス法により、生息個体数を確認した。水中を歩行せざるを得ず夜間の歩行が危険な陣ヶ下渓谷については、安全な箇所に定点を設置し調査対象範囲を見渡して記録する定点観察法を採用した。
ホタル成虫の飛翔・停止位置と個体数を地図上に記録した。必要に応じ捕獲同定して速やかに放虫した。
1日3か所で同時に調査し、連続する2日間で全6か所の調査を完了させた。調査は、19時30分から21時まで30分おきに繰り返し実施した。

瀬上沢通信員だより:スペシャル

護念寺縁起と江戸時代の緑地保全策  その2
築城による乱伐後に森林再生へ

早速ネットで調べてみると、2005年に草思社から刊行された『文明の崩壊』の内容の一部が得られたので、以下紹介する。

江戸時代のはじめ、日本の森は危機に瀕していた。統一権力のなかった戦国時代に乱伐がおこなわれた上に、秀吉の時代にあいつぐ大規模な土木工事と朝鮮出兵のための大型船の建造、鉄の精錬で木材が大量に費消され、本州と九州と四国の原生林は一部を除いて壊滅状態だったというのだ。

さらにその後継者である将軍家康、そのほかの大名の多くが先頭に立ち、壮大な城や寺を建造して自己満足に耽ったり、互いを圧倒しようと試みたりした。

家康が築いた城のうち最大の3城だけで、約25平方キロの森林を伐採する必要があった。そして次代将軍のもとで、約200の城下町が生まれた。市街地の住宅建設が木材の需要の面で支配層の巨大建造物を上回った。1570年から1650年頃には建築の急増と森林乱伐が頂点に達した。

しかし、日本は次の2世紀のあいだに少しずつ、これまでよりずっと持続性のある資源消費率を達成してみせた。この方向転換は代々の将軍の上からの主導で行われた。幕府は森を復活させるために樹木1本1本の台帳をつくり、農民の利用を制限し、専任の管理者をおいて厳重に管理した。諸大名もそれにならった。今日に残る日本の森は江戸時代に200年余をかけて再生させた森だったのである。

同書下巻の記述だが、まさに護念寺の縁起はこの記述にピッタリと当てはまるではないか!

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護念寺の参道にある厠。目隠しに竹が使われている

(つづく)

瀬上沢通信員だより:スペシャル

護念寺縁起と江戸時代の緑地保全策  その1
樹林地守るため寺を建立

先日の円海山ウォークイベントで、護念寺のご住職からお寺の縁起について話を伺った。
要約すると、
・400年ほど前まで遡る念仏道場があったところに、徳川将軍の命で宝暦2年(1752年、将軍は9代家重)、あたり一帯の樹林地を護る目的で護念寺が建立された。
・寺は高僧の隠居寺として代々受け継がれてきた。
・第5代の萬随和尚が嘉永6年(1853年)、夢枕に拝授した灸を施してより円海山護念寺の名が広まり、「峯の灸」で知られるようになった。
・かつて杉田の磯で海苔養殖が盛んだった頃は、お寺の孟宗竹が海苔篊(のりひび)と、その浮きに使われた。油成分を多く含むこの地の竹は耐久性が高く好評で、伐採限度ぎりぎりまで切り出された。

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家重の肖像画(徳川記念財団蔵=ウイキペディアより)

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海苔ヒビ(富津市立富津埋立記念館資料から)

で実は「将軍が江戸時代、樹林地を護る目的で」とそこまで聞いたとき、最近目にした新聞の書評のことを思い出した。
あらためてスクラップにあたると、ジャレド・ダイアモンド博士が『文明の崩壊』という著書のなかで、日本では将軍のトップダウンによる施策により世界で唯一、森林保全に成功した国、と讃えている。

関連注記:富津における海苔養殖技術の変化
 竹ヒビ(たけひび) 孟宗竹を使用した海苔ヒビで、富津で海苔養殖が開始された昭和5年から使用された。海苔養殖の開始が早かった人見・青堀地区では江戸末期~明治時代から使用されていた旧来からの海苔ヒビで、昭和24年に化繊の海苔網が使用されるようになってからは少なくなったが、昭和30年代中頃までは補助的に使われていた。

(つづく)

VYCキャンペーン

投票の締め切りは5日(水) 環境行動にあなたの声の支援を!

パタゴニア日本支社が全国の直営店で行っている市民運動団体による環境活動への支援プログラムのひとつ、VYC(ボイス・ユア・チョイス)の投票締め切りがいよいよ明日に迫りました。

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関内駅から徒歩5分、大さんばし通りに面したパタゴニア横浜ストアでは、昨年同様、丹沢自然保護協会と私たち上郷開発から緑地を守る署名の会がそれぞれ活動への支援(投票)を静かに訴えてきましたが、結果はいかに?

急速に秋が深まり、日本大通りや山下公園通り沿いのイチョウの黄葉も今がさかり(今年は台風による強風で早々と散ってしまった木も多いようですが)、まだ投票に参加なさっていない方は関内方面へお出かけのついでにぜひ同店にお立ち寄りください。(お買いものをするしないは投票の前提ではありません)
プロフィール

上郷/署名の会

Author:上郷/署名の会
横浜7大緑地の1つ「瀬上市民の森」に連なる瀬上沢はホタルの自生地として知られ、貴重な動植物が生息する自然の宝庫です。またみどり豊かな里山風景を今に残し、古代の製鉄遺跡や江戸時代に使われた横堰などの文化遺産も眠る横浜市民共有の財産とも言うべき緑地です。
その瀬上沢に大規模な上郷開発計画が浮上したのは2005年。瀬上沢を愛し、それぞれに保全運動をしてきた市民は、2007年6月に「上郷開発から緑地を守る署名の会」を結成、開発計画の中止と緑地の全面保全を求める活動を開始し、同年12月、市内全域はもとより全国各地から寄せられた92000筆あまりの署名を添えて横浜市長と市議会に陳情書を提出しました。
2008年9月、横浜市都市計画審議会は計画を承認せず、「上郷開発事業」は中止となりました。しかし地権者でもある開発事業者・東急建設は引き続き「開発の意思」を表明。2012年1月、ついに第3次開発計画の事前相談書を横浜市に提出しました。私たち「署名の会」はあらためてこの開発プランの問題点を指摘、瀬上沢の全面保全を求めて新たな活動を開始しました。
そして2014年1月、新たな動きが…?

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