横浜プリンス跡地問題レポート
建築紛争:市民の闘いが潮目を変える
1月24日(日)夜、磯子公会堂で開かれた「旧横浜プリンス跡地開発を考えるセミナー」の概要をまとめたメモが集会に参加した「港南台うぐいす団地」の高層化建て替えに反対し建築確認の取り消しを求めて裁判中の高尾勝さん(原告代表)から届きました。なおセミナーの主催は「横浜市の風致地区を守る会」。(1月17日付けでチラシを紹介)
セミナー要点報告 注:文中敬称略
演 題 : 旧横浜プリンスホテル跡地開発を考える
主 催 : 横浜市の風致地区を守る会(代表:杉山氏 司会:長島女史)
日 時 : 平成22年1月24日 18:00~21:15
場 所 : 磯子公会堂
杉山 :下記の如く三つの大きな問題点がある;
・横浜市は法を適用することが法の趣旨であると称し、法の理念を忘れた全くのアベコベ。
・風致地区は建物高さ15米と規定されている。プリンス跡地は風致地区が約12haで土地面積の半分を占めるが、風致地区への配慮を全く欠いている。
・都市計画提案制度の趣旨に沿わない、制度悪用である。
長島 :H18年の第1回目提案では建物高さは風致地区外51米、風致地区45米。
H20年第2回目提案では全て31米。
日置雅晴 弁護士・早稲田大学大学院法務研究科教授/景観と住環境を考える全国ネットワーク代表
演題:日本の建築紛争の実情
*出発点 ― 開発や建築は自由か?
欧州では、原則不自由である。
米では、詳細都市計画区分として種々規制されている
日本の都市計画法、建築基準法は、緩和に次ぐ緩和で骨抜きにされ、殆ど自由
*日本の都市計画の問題点
緩やかな規制
建築は許可ではなく、確認である
→強制的な調整の場がない(建築審査会、調停委員会など委員会の委員は行政が任命した委員であり、多くは行政の隠れ蓑的存在に化している)
*紛争の最大の背景
市民の常識と法規制の乖離
斜線緩和
天空率による斜線緩和手法
*景観権 ― 景観権を認めたものは過去2件
国立マンション事件1審(2審で逆転、最高裁は抽象的には景観権を認めたが、条件が厳しい)
名古屋の白壁事案
注:2002年12月、すでに入居が始まっていた国立駅前のマンションの20mを超える部分の撤去を命じた東京地裁判決に続いて、名古屋地裁でも翌年3月に白壁マンション建設禁止仮処分が出された。その後、残念ながら白壁では業者がマンションの高さをやや低くする案を提示したことで仮処分決定が取り消され、国立でも2006年3月、最高裁によって上告棄却。「景観利益」は認めたものの、建物は「景観利益」を違法に侵害するものではないとして撤去は認められなかった。
*眺望阻害
H10年4月16日、大阪地裁判決 →120万円の賠償を認めた
*都市計画提案制度
都市再生特別地区 ― 特別措置法がある
*都市計画をめぐる訴訟 ― 三つの大きな壁がある
処分性の壁
原告適格の壁
裁量行為の壁-抽象的計画段階での処分性存否と多数者に対する影響を個別判断できるか
*無視されるマスタープラン
*タヌキの森マンション問題(東京・新宿区下落合)
高裁判決と執行停止 昨年12月17日、最高裁は高裁判決支持
市民が闘いを重ねることが、潮目を変えることに繋がるし、法の改正運動に繋がる。
宮沢廣幸 弁護士・横浜弁護士会環境・公害問題委員会委員長
プリンスホテル跡地問題に関し補足説明す →同氏は従来から「風致地区を守る会」に対し助言
鈴木久夫 ヨコハマ市民環境会議事務局長
下記3点について横浜市に申入れ予定である
1 都市計画提案制度の悪用阻止
2 細切れ開発阻止
3 空中階段が建築基準法の対象外だが条例で規制
三好女史 中野政策研究会
警察大学校跡地(東京・中野四丁目)に100米高層ビル計画問題
高尾勝 港南台北自治会
うぐいす団地建替えに関する問題点と裁判の状況説明
以 上
■引用&補足説明
五十嵐敬喜、小川明雄共著『建築紛争――行政・司法の崩壊現場』(岩波新書 2006年11月刊)から引用
1)削りシロ 44頁
(前略)よくある業者の手は、建築計画に「削りシロ」を潜ませておくことだ。ここでも、長谷工は最高なお高さ18階を15階に削って、いかにも住民に配慮したかのようにみせた。これは住民の反対を抑える仕掛けであり、裁判になったときに、事業者たちが「住民に大幅に譲歩した」と主張するためだ。建設・不動産業界の実情に暗い多くの裁判官は、ころりとだまされる。
しかし、住民の中に1級建築士がいて、さまざまな図面をみているうちに最初から15階建てだったことを見破ったのである。住民運動に1級建築士がいると力強い。この場合も、彼はさらに、18階から15階になっても、床面積も容積率も変わっていないことを確認し、後に裁判で証拠として提出している。(後略)
2)倍の戸数を建てる仕掛け 46頁-52頁
(前略)なぜ、長谷工は住居棟の7棟を1棟とする立場に固執したのか。単純に言うと、7棟を別々の棟として建築確認を申請すると、各棟に敷地を分割しなければならず、そうすると建築物の日照を相互に確保するための隣地傾斜制限と北側斜線制限が各棟にかかり、建設できる戸数が約半減するからである。(中略)
この7棟は、建物を相互に切り離すエキスパンションジョイントを利用した渡り廊下でつながっているだけであり、建築基準法施行令第81条第2項の規定からして、それぞれ別棟であることは明白である。
第3に、建築基準法第2条第5項には、建築物の「主要構造物」を「壁、柱、床、はり、屋根又は階段をいい、建築物の構造上重要でない間仕切壁、局部的な小階段、屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除くものとする」と定義している。この7棟はそれぞれ独立して壁、柱、床、屋根、階段など主要構造物をもっている。逆にいうと、各棟は共通の主要構造物をもっていないので別棟である。また、渡り廊下は主要構造物ではないので、この点からも、7棟はそれぞれ別個の棟である。(後略)
3)総合設計制度という魔術 85頁
この建築計画に適用された総合設計制度も、超高層建築物を可能にするもので、事業者にとっては打出の小槌であり、周辺住民にとっては住環境破壊の魔の手になっている。
総合設計制度の根拠になっている建築基準法第59条の2の第1項は、長文である。要旨は、公開の広場や歩道などを整備するなどして、建ぺい率、容積率、建築の高さについて「総合的な配慮」がなされ、「市街地の環境の整備改善に資する」と特定行政庁が認めるときは、法定容積率や高さ制限を緩和できる、というものだ。
1980年代後半から「都心居住促進」の旗を振ってきた当時の建設省が、法律、通達や省令の書き換えで、総合設計制度を適用する基準を次々に緩和し、自治体も追随してきた。
たとえば、東京都の場合、最初に総合設計制度が適用されたのが1976年だったが、1998年には348件、2002年には500件を突破し、その後も増え続けている。
そして、相次ぐ規制緩和により、高さ制限も大幅に緩和され続け、容積率の割増率は最初のうちこそ20%程度だったが、現在では40%、50%はもちろん、200%、つまり2倍もありうるという事態になった。
周辺の市街地の実態とも、都市計画法で定められた用途地域が想定した市街地の姿とも極端にかけ離れた高さと規模の高層建築物が当たりまえになった。なぜこれが「市街地の環境の整備改善に資する」のかだれでも首を傾げるだろう。これは、官民共謀の「数の偽装」である。
(補足)
(1)渡り廊下方式
別名「分接」とも言う。上記引用2)参照。法定高さを超える高さの壁幅は70米を超えてはならないという規定がある。例えば、建物高さ20米の場所で、高さ20米をこえる建物壁幅が70米超の場合分接して法を潜るのである。
つまり1棟の建物と言いながら、分接ゆえ、壁幅規定に抵触しないというのである。
(2)総合設計制度
横浜市の場合、「横浜市市街地環境設計制度」と称しており、内容は総合設計制度に順ずる。
1月24日(日)夜、磯子公会堂で開かれた「旧横浜プリンス跡地開発を考えるセミナー」の概要をまとめたメモが集会に参加した「港南台うぐいす団地」の高層化建て替えに反対し建築確認の取り消しを求めて裁判中の高尾勝さん(原告代表)から届きました。なおセミナーの主催は「横浜市の風致地区を守る会」。(1月17日付けでチラシを紹介)
セミナー要点報告 注:文中敬称略
演 題 : 旧横浜プリンスホテル跡地開発を考える
主 催 : 横浜市の風致地区を守る会(代表:杉山氏 司会:長島女史)
日 時 : 平成22年1月24日 18:00~21:15
場 所 : 磯子公会堂
杉山 :下記の如く三つの大きな問題点がある;
・横浜市は法を適用することが法の趣旨であると称し、法の理念を忘れた全くのアベコベ。
・風致地区は建物高さ15米と規定されている。プリンス跡地は風致地区が約12haで土地面積の半分を占めるが、風致地区への配慮を全く欠いている。
・都市計画提案制度の趣旨に沿わない、制度悪用である。
長島 :H18年の第1回目提案では建物高さは風致地区外51米、風致地区45米。
H20年第2回目提案では全て31米。
日置雅晴 弁護士・早稲田大学大学院法務研究科教授/景観と住環境を考える全国ネットワーク代表
演題:日本の建築紛争の実情
*出発点 ― 開発や建築は自由か?
欧州では、原則不自由である。
米では、詳細都市計画区分として種々規制されている
日本の都市計画法、建築基準法は、緩和に次ぐ緩和で骨抜きにされ、殆ど自由
*日本の都市計画の問題点
緩やかな規制
建築は許可ではなく、確認である
→強制的な調整の場がない(建築審査会、調停委員会など委員会の委員は行政が任命した委員であり、多くは行政の隠れ蓑的存在に化している)
*紛争の最大の背景
市民の常識と法規制の乖離
斜線緩和
天空率による斜線緩和手法
*景観権 ― 景観権を認めたものは過去2件
国立マンション事件1審(2審で逆転、最高裁は抽象的には景観権を認めたが、条件が厳しい)
名古屋の白壁事案
注:2002年12月、すでに入居が始まっていた国立駅前のマンションの20mを超える部分の撤去を命じた東京地裁判決に続いて、名古屋地裁でも翌年3月に白壁マンション建設禁止仮処分が出された。その後、残念ながら白壁では業者がマンションの高さをやや低くする案を提示したことで仮処分決定が取り消され、国立でも2006年3月、最高裁によって上告棄却。「景観利益」は認めたものの、建物は「景観利益」を違法に侵害するものではないとして撤去は認められなかった。
*眺望阻害
H10年4月16日、大阪地裁判決 →120万円の賠償を認めた
*都市計画提案制度
都市再生特別地区 ― 特別措置法がある
*都市計画をめぐる訴訟 ― 三つの大きな壁がある
処分性の壁
原告適格の壁
裁量行為の壁-抽象的計画段階での処分性存否と多数者に対する影響を個別判断できるか
*無視されるマスタープラン
*タヌキの森マンション問題(東京・新宿区下落合)
高裁判決と執行停止 昨年12月17日、最高裁は高裁判決支持
市民が闘いを重ねることが、潮目を変えることに繋がるし、法の改正運動に繋がる。
宮沢廣幸 弁護士・横浜弁護士会環境・公害問題委員会委員長
プリンスホテル跡地問題に関し補足説明す →同氏は従来から「風致地区を守る会」に対し助言
鈴木久夫 ヨコハマ市民環境会議事務局長
下記3点について横浜市に申入れ予定である
1 都市計画提案制度の悪用阻止
2 細切れ開発阻止
3 空中階段が建築基準法の対象外だが条例で規制
三好女史 中野政策研究会
警察大学校跡地(東京・中野四丁目)に100米高層ビル計画問題
高尾勝 港南台北自治会
うぐいす団地建替えに関する問題点と裁判の状況説明
以 上
■引用&補足説明
五十嵐敬喜、小川明雄共著『建築紛争――行政・司法の崩壊現場』(岩波新書 2006年11月刊)から引用
1)削りシロ 44頁
(前略)よくある業者の手は、建築計画に「削りシロ」を潜ませておくことだ。ここでも、長谷工は最高なお高さ18階を15階に削って、いかにも住民に配慮したかのようにみせた。これは住民の反対を抑える仕掛けであり、裁判になったときに、事業者たちが「住民に大幅に譲歩した」と主張するためだ。建設・不動産業界の実情に暗い多くの裁判官は、ころりとだまされる。
しかし、住民の中に1級建築士がいて、さまざまな図面をみているうちに最初から15階建てだったことを見破ったのである。住民運動に1級建築士がいると力強い。この場合も、彼はさらに、18階から15階になっても、床面積も容積率も変わっていないことを確認し、後に裁判で証拠として提出している。(後略)
2)倍の戸数を建てる仕掛け 46頁-52頁
(前略)なぜ、長谷工は住居棟の7棟を1棟とする立場に固執したのか。単純に言うと、7棟を別々の棟として建築確認を申請すると、各棟に敷地を分割しなければならず、そうすると建築物の日照を相互に確保するための隣地傾斜制限と北側斜線制限が各棟にかかり、建設できる戸数が約半減するからである。(中略)
この7棟は、建物を相互に切り離すエキスパンションジョイントを利用した渡り廊下でつながっているだけであり、建築基準法施行令第81条第2項の規定からして、それぞれ別棟であることは明白である。
第3に、建築基準法第2条第5項には、建築物の「主要構造物」を「壁、柱、床、はり、屋根又は階段をいい、建築物の構造上重要でない間仕切壁、局部的な小階段、屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除くものとする」と定義している。この7棟はそれぞれ独立して壁、柱、床、屋根、階段など主要構造物をもっている。逆にいうと、各棟は共通の主要構造物をもっていないので別棟である。また、渡り廊下は主要構造物ではないので、この点からも、7棟はそれぞれ別個の棟である。(後略)
3)総合設計制度という魔術 85頁
この建築計画に適用された総合設計制度も、超高層建築物を可能にするもので、事業者にとっては打出の小槌であり、周辺住民にとっては住環境破壊の魔の手になっている。
総合設計制度の根拠になっている建築基準法第59条の2の第1項は、長文である。要旨は、公開の広場や歩道などを整備するなどして、建ぺい率、容積率、建築の高さについて「総合的な配慮」がなされ、「市街地の環境の整備改善に資する」と特定行政庁が認めるときは、法定容積率や高さ制限を緩和できる、というものだ。
1980年代後半から「都心居住促進」の旗を振ってきた当時の建設省が、法律、通達や省令の書き換えで、総合設計制度を適用する基準を次々に緩和し、自治体も追随してきた。
たとえば、東京都の場合、最初に総合設計制度が適用されたのが1976年だったが、1998年には348件、2002年には500件を突破し、その後も増え続けている。
そして、相次ぐ規制緩和により、高さ制限も大幅に緩和され続け、容積率の割増率は最初のうちこそ20%程度だったが、現在では40%、50%はもちろん、200%、つまり2倍もありうるという事態になった。
周辺の市街地の実態とも、都市計画法で定められた用途地域が想定した市街地の姿とも極端にかけ離れた高さと規模の高層建築物が当たりまえになった。なぜこれが「市街地の環境の整備改善に資する」のかだれでも首を傾げるだろう。これは、官民共謀の「数の偽装」である。
(補足)
(1)渡り廊下方式
別名「分接」とも言う。上記引用2)参照。法定高さを超える高さの壁幅は70米を超えてはならないという規定がある。例えば、建物高さ20米の場所で、高さ20米をこえる建物壁幅が70米超の場合分接して法を潜るのである。
つまり1棟の建物と言いながら、分接ゆえ、壁幅規定に抵触しないというのである。
(2)総合設計制度
横浜市の場合、「横浜市市街地環境設計制度」と称しており、内容は総合設計制度に順ずる。