「市民の森整備」-余話

【はじめに】チリ大地震による津波の余波(被害)はなかったようで何よりですが(28日午後2時55分現在)、瀬上市民の森の整備状況についてのレポートに対して余波(反響)がありました。
T.Iさんから夜中に届いた掲示板への投稿と写真。あいにく掲示板やコメント欄では写真の迫力がよく伝わらないので、余話としてそのままここに再録します。それにしても歳入不足で苦しいはずの横浜市ですが、公園整備の予算はたっぷり?(M&M)

廃材利用のエコな柵

一月ほど前に、今回のブログの6枚目の写真に写っている道標から鎌倉方面へ少し行った尾根筋に、廃材と思われる木の杭とロープを使った環境にも費用にもエコな柵を見たので、撮っておいたのが添付の写真です。
これならばボランティアで安価に設置できそうです。
逆に、模擬木で作った最悪の例は、下から氷取沢を登って行き、「おおやと広場」のあずまやの手前、右側の全く必要のないと思われる場所に、嫌でも目に付く立派な柵があります。
折しも年度末、市の財政は顧みず、予算を使い切らないといけないのでしょう。(T.I)

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素朴な木肌が自然にマッチしています
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穴あけに手間はかかりそうだけれど…

瀬上沢 春の便り - 4

市民の森整備の後先(あとさき)  速報

風はまだ冷たいけれど、陽春めいた日射しに誘われ21日の日曜日、円海山近郊特別緑地保全地区の近況チェックをかねてミニハイキング。瀬上沢から足を伸ばし瀬上池、そして「ひょうたん池」へ。
昨秋から続けられてきた「瀬上市民の森」の整備工事がようやく終わったようで、ところどころで「公園」の趣きが濃厚になっていました。


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つい先ごろ整備工事終了(瀬上池の脇)
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池の上休憩所の休憩用ベンチも一新!
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漆窪休憩所には立派な標識が立ちました
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遊歩道もすっかり整備されて…
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こんなところにもフェンスが…
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立派な案内標識に導かれひょうたん池方面へ

横浜環状道路南線の延伸工事によってシャットアウトされ、見るも無残、今や枯渇寸前の「ひょうたん池」。久々に見た惨状にガク然としました。

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ハイキングコースの公園まがいの「整備」が進む一方で、アンダーパス(トンネル)部分の劣化はじめ危険性が報じられたものの一向に整備が進まない舞岡上郷線……。「不要不急の工事と緊急手当てが必要な工事との”事業仕分け”が必要では?」というのが同行者の声でした。

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崩落の恐れも? 仮設のまま劣化が進む舞岡上郷線

瀬上の自然を感じよう!
春の訪れとともに、瀬上沢から円海山(えんかいざん)そして大丸山(おおまるやま)、鎌倉方面などへ歩いてみませんか。
私たちがなぜ上郷開発計画に反対し、緑地の全面保全を訴えているか、百聞は一見にしかず!
なおハイキングの詳しいコースは横浜市環境創造局の「円海山周辺マップ」が便利です。下記からダウンロードできます。
http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/green/enkaizan_map/enkaizan.pdf

上郷開発予定地のこと

深田製鉄遺跡に連なる蘊蓄(ウンチク)

「鍛冶ヶ谷の横穴墓群のこと」のコメント欄にT.Iさんからの投稿が載っていました。
上郷開発予定地の西側部分に眠る「深田遺跡」に関するウンチクです。開発の波に洗われ、あわや破壊されかかった貴重な製鉄遺跡について転載、ご紹介します。(注:読みやすいように句読点など入れました。/ブログ制作チーム)


1988年に発行された『上郷深田遺跡発掘調査概報』によれば、遺跡の辺りは、通称「カナクソ」と呼ばれ、地元の人々の間では、製鉄作業によって生じる「鉄滓」が出土することが古くから知られており、また、地元の郷土史研究会では中世の刀鍛冶の遺構が存在するのではないかと考えられていました。
’85年の舞岡上郷線建設に伴い、この遺跡が工事区間に含まれていることが判明、横浜市道路局から委託を受けた横浜市埋蔵文化財調査委員会は、上郷深田遺跡発掘調査団を組織し調査を進めました。

調査を進めてみると、当初の予測に反し、極めて規模の大きい、中世どころか古代の製鉄遺跡であることが判明。その充実した内容から、短期間での調査は不可能であること、また、計画されている道路の建設工事によって遺構が失われる恐れはない(埋め戻して保存が可能であること)との合意を得て、未調査の部分を残したまま埋め戻し、現在に至っています。
従って、報告書は「発掘調査概報」となっています。県下でもその規模の大きさ、古さからいっても類を見ない製鉄遺跡とされています。(全国的に見ても、相当古い部類に属するといえるそうです)

この経緯を踏まえ、筆者は上郷開発が未だどうなるか分からない時に、開発を阻止する一助になればと市の教育委員会に電話をし、この発掘調査が未完のままの極めて重要な埋蔵文化財を調査するよう働きかけましたが、七石山横穴墓から出土した鉄剣のように「けんもほろろ」の対応でした。
横浜市の場合はまだ調べていませんが、一般的に教育委員会の委員なるものは、兼業で、月数回の委員会開催にもかかわらず、月給制で年間数百万円の報酬を得ている名誉職的な存在であり、開発を誘導している行政に楯付く訳がないのは浅墓にも後程知りました。
余談ですが、先進的な行政で有名な福島県矢祭町の町議は日当30,000円の出来高払いであり、平均年収120万円であることが先日、新聞に出ていました。おっと、ロマンを語るつもりが思わず現実に引き戻され、不満を語ることになってしまいました。

さて、この製鉄という先進技術を持った集団が大陸から渡ってきた帰化人ではなかったか、そして、思いを馳せながら故郷の風習に従ってこの横穴墓を穿ち、死者を葬ったのではないかなどと、ロマンに満ちた推測に誰憚ることなく夢を膨らませることができるのは、(この時代から生き続けている者は誰もいないので)考古学のいいところであろうと考えます。
次回は、この仮説を唱える根拠、製鉄に係る興味深い言い伝え(ヒョットコ、粉鉄八里に炭三里、一風二土三村下、代わり番子)なぞについて紹介したいと思います。

鍛冶ヶ谷の横穴墓群のこと(続)

消えた「七石山横穴墓群」を発見!

上郷の深田遺跡に連なる鍛冶ヶ谷の横穴古墳群。
いたち川沿いに点在した古墳群の一つだったようですが、最大規模とされた「七石山横穴墓群」の所在を調べていて、灯台下暗し、栄区のHPに「いたち川の横穴古墳のこと」と題する記事が載っており、次のような記述がありました。また平成4年3月に区が刊行した記念誌『栄 街のうつりかわりアルバム』に昭和35年頃の写真が載っています。

柏尾川やその支流の流域には、横穴式古墳が多く散在しています。
なかでも飯島町から上郷町にかけてのいたち川流域には11群140基以上もの横穴古墳があり「いたち川流域横穴古墳群」といわれ、その分布は別表(省略)のとおりです。そのうち小菅ケ谷一丁目15番を中心とする七石(しちこく)山横穴墓群は最大の規模で、古くは100基以上あったと考えられていますが、根岸線工事の折、ほとんど壊されてしまいました。(HPから抜粋)


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『栄 街のうつりかわりアルバム』から。手前の親子が古墳の大きさを物語る

鍛冶ヶ谷の横穴墓群のこと

上郷深田遺跡に連なる墳墓

鍛冶ヶ谷の「横穴墓」について調べてみました。
横穴墓(よこあなぼ)とは古墳時代後期を中心としたの埋葬方法のひとつで、崖面や斜面に横穴を穿(うが)って死者を埋納する施設(お墓)のこと。
「鍛冶ヶ谷市民の森」予定地で見たのは「宮の前横穴墓群」と呼ばれる遺跡で、5群25基の横穴墓から構成。詳しい発掘調査資料は未見なのですが、この地域独特の形態であり「鍛冶ヶ谷式」と呼ばれているとか。

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で、ウイキペディアの「七石山(しちこくやま)横穴墓群」の項には以下の記述があります。

いたち川流域をはじめとする南関東の丘陵部辺縁には、掘削しやすい土質の傾斜が多く、横穴墓が多く築造された。特徴は近隣の地名をとって鍛冶ヶ谷式とよばれる。アーチ型の断面で、よく発達した玄室の奥に小型の奥室をもつ復室構造であること、羨道は存在しないか、またはかなり退化していることが挙げられる。人骨のほか、土師器須恵器類、勾玉管玉類、鉄剣鉄刀類、耳鐶などが出土している。年代観としては古墳時代終末期から奈良時代までに幅広く編年され、継起的に造営されたことを伺わせる。この地域の有力首長層、富裕農民層らの墳墓と考えられている。

ここで言う「玄室」とは棺を納置する部分で、「奥室」は「棺室」とも呼ばれています。
横穴古墳がもっぱら作られたとされる7世紀前後、遺骸は木棺に納めるのが普通で、小さな奥室は火葬骨または洗骨が納置されたようで、同じ鍛冶ヶ谷の中居丸山横穴墓群の奥室からは小児の顎の骨や歯などが出土したそうです。

一方、縄文時代&奈良時代の竪穴住居跡とされるのが「上郷猿田遺跡」。あいにく県立上郷高校(今の横浜栄高校)の建設工事で失われ、今は瀬上沢への北ルート入口、同校グラウンド下の掲示に痕跡を残すのみですが。
また、こうした墓域や集落の跡ではなく、生産遺跡として注目されたのが、製鉄用の精錬炉や溶鉱炉の跡とされる「上郷深田遺跡」。ちょうど上郷開発予定地とされた緑地のうち、今の舞岡上郷線の西側部分に眠っています。
……樹林地や里地の下から発掘された埋蔵文化財に秘められた歴史のロマンに思いをはせながら、瀬上沢緑地の保全への方策を追求していきたいものです。

注:横浜市ふるさと歴史財団「埋蔵文化財センター」のHP、栄・戸塚区の遺跡展資料、戸塚区史などを参考にまとめました。
●財団法人「横浜市ふるさと歴史財団」埋蔵文化財センター
JR根岸線「港南台」駅 2番バス乗り場より神奈中バス港36・37・86系統「上郷ネオポリス」行き、終点「上郷ネオポリス」下車徒歩1分 または港40系統「栄プール」行き「上郷ネオポリス」下車徒歩1分 電話045-890-1155 

緑地保全チーム:フィールドワーク第3弾

葉山の棚田&三ケ岡山緑地公園などを見学 速報

2月8日(月)、季節の変わり目で明日から天気が崩れるという晴天の一日、保全策の提案に向けたフィールドワーク(見学会)第3弾が行われ、葉山&鎌倉の棚田や公園など4カ所を回るという強行軍ながらチームの有志9名が参加しました。
港南台駅前9時集合―2時帰着の予定が、最終コースである「鍛冶ヶ谷市民の森」予定地で横穴墓の実地踏査が急に実現することになり1時間延長、6時間余の見学行となりました。

1 葉山・上山口地区の棚田  

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朝日新聞と森林文化協会が選定した「日本の里山100選」の地。50枚もの棚田が大楠山麓に連なる上山口の緩斜面に連なっており壮観。田植え後の見事な景観が目に浮かぶようでした。
県内では外に相模原市藤野町、東京では町田市の小野路が100選に選ばれています。

2 はやま三ケ岡山緑地公園   

三ケ岡山(さんがおかやま)緑地公園は神奈川県下初の都市林公園で、大峰山148m周縁の公園と特別緑地保全地区からなります。葉山御用邸前の交差点から葉山町役場方向に少し歩き、旧町役場前のバス停脇から住宅街を抜けぐんぐん階段を登り尾根道を辿ると、やがて眼下に相模湾を見下ろす絶景のビューポイントが続きます。この日は汗ばむほどの陽気で、つつじコースから尾根伝いに真名瀬(しんなせ)まで1時間30分ほどの快適なハイキングでした。

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眼下には陽を浴びて輝く相模湾。左手に遠くかすんで見えるのは江ノ島
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コース入口は旧役場前バス停を左折
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眼下の丘には住宅地が拡がっています
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「関東の富士見100景」ポイント。あいにくカメラの性能がイマイチで富士は写っていませんが…
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三ケ岡山を一気に急な階段で下ると森戸神社へは5分足らずです
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引き潮で砂浜の先には岩礁地帯が続きます
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大釜の熱湯でゆがき、天日に干す……森戸海岸ではワカメの収穫作業の真っ最中でした

3 鎌倉広町緑地 

県下で2番目の都市林公園予定地として整備中の広町緑地ですが、この日は時間の関係で御所が谷入口から公園予定地を下見するだけに終わりました。 
     
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冬枯れの里地から春を待つ日向(ひなた)の匂いが立ち上っているようです
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広場や水路の土手下で泥だらけになって遊ぶ子供たち。土手の土留めもコンクリートでなく丸太

4 鍛冶ヶ谷市民の森予定地 

栄区内で5番目、横浜市で30番目の市民の森として2.9haの樹林地が整備される予定の鍛冶ヶ谷2丁目。
マンション計画に反対し貴重な緑と遺跡の保全を訴えた「鍛冶ヶ谷の緑を守る会」の中心メンバーの一人であるIさんの案内で、鎌倉街道沿いの小道を抜け竹林に分け入ると、ほどなく8世紀頃に造られたとされる「横穴墓」が並ぶ崖地が現れ、びっくり。

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優に背丈を越える横穴に一同びっくり
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■この日のコース概要
港南台駅 →横浜横須賀道路/港南台インターから横須賀インター →横須賀葉山線で上山口 →杉山神社 →里山100選の棚田 →葉山公園 →はやま三ケ岡山緑地公園/つつじコース →山頂広場(大峰山148m)→真名瀬 →森戸神社裏手の海岸で海を眺めながら昼食 →小坪漁港 →134号線を走り材木座海岸を経て腰越 →鎌倉広町緑地 →鍛冶ヶ谷市民の森予定地 →港南台駅 

追記 湘南国際村近くの農家庭先の売店で野菜を、また小坪漁港近くの魚屋で陸揚げされたばかりの地の魚などを購入というオプションつきの楽しいフィールドワークになりました。なおちなみにYさんの万歩計によれば、港南台駅を出て戻るまで全1万2103歩、約7.8キロの行程でした。車の走行距離? 未確認です。

「鍛冶ヶ谷市民の森」誕生へ

マンション計画に反対 緑地保全へ

鎌倉街道が環状3号線と交差する原乃橋下を抜け、武相国境の谷、通称「七曲り」を越えてほどなく、栄区鍛冶ヶ谷2丁目に残る樹林地が「鍛冶ヶ谷市民の森」として保全されることになりました。(すでに1月22日付け掲示板でSYさんのレポートが載っています)

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朗報を報じた『タウンニュース』栄区版2月4日号の1面トップ

事の発端は2008年10月。戸建て住宅地に囲まれた樹林地を切り崩し建築面積8,161㎡、延べ床面積24,384㎡、総戸数250戸もの大型マンションを建設する計画が浮上したことから、周辺住民は「鍛冶ヶ谷の緑を守る会」を結成し反対運動を展開しました。
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港南区の日野南7丁目側から見た現地。うっそうと茂る竹林の奥に横穴墓が眠る
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開発計画は第1種低層住居専用地域に地上6階地下1階!
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隣地は特養「陽のあたる丘MISONO」で定員100名、全個室 

ところがその直後に不況のあおりで開発業者である㈱ゼファーが経営不振に陥り計画は頓挫、不動産部門の子会社で2.9ヘクタールの土地を所有する㈱テチュルが計画をあきらめた?ことから、昨年12月になって栄区内で5番目、全市で30番目となる「市民の森」として横浜市と緑を保全する契約を結んだというもの。
なお詳細は近々、みどりアップ推進課で取材しあらためてレポートする予定ですが、概要は以下の通り。
 1)横浜市は㈱ゼファーから10年間、公園用地として借用する契約を結んだ。借用料は公園地料金として算定し、年間1平米あたり30円支払う。図面上から推定すると年間総額80~90万円。
 2)横浜市教育委員会は開発予定地内の古墳遺跡の調査を行う。ここには鍛冶ヶ谷式古墳群(栄区郷土史に掲載されている)があり、横穴墓が25カ所もあるとか。
 3)公園の整備計画はこれから。開設予定は未定。
 4)『タウンニュース』に「市が用地を買収」とあるのは事実誤認。

瀬上沢 春の便り-3

大丸広場の雪景色

節分の前日に時ならぬ春の大雪。東京や神奈川では昨日に続き今日も私立中学の受験デーであるだけに、雪に泣かされた子や親も多かったのでは?
郊外部では2~3センチほど積もったものの、「春の淡雪」で夕方頃までには大方溶けてしまったようですが、瀬上沢通信員のIさんから早速、「瀬上の雪は思ったほど積もっておらず、3cm程でした。これから寒波が続くそうで、先日の約2cmの氷の写真が撮れるか見ものです」というメモを添えた雪の大丸(おおまる)広場の写真が届きました。


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瀬上沢 春の便り-2

梅もビックリ、春とは名のみ…

明日3日は節分。立春までカウントダウンに入ったところで、シンシンと雪が降っています。驚きました。もうすでに3cmあまり積もっています。
注:2日(火)午前1時現在、Yahooの天気概況をチェックしたところ、横浜(東部)では「晴れ33人、曇り21人、雨77人、雪1760人」とありました。梅もビックリしているでしょう。
実は3日ほど留守にしている間に「瀬上の春」を告げる写真が瀬上沢通信員のIさんから届いており、慌ててアップしようとしていたのです。以下、いささかタイミングがずれるのですがIさんの立春直前レポートなどを載せます。M&M


瀬上沢通信員便り
今年は春の訪れが早いようです。
今日1月31日、瀬上の奥の漆窪(うるしくぼ)で今年初めてウグイスの笹鳴きではない鳴き声、ケキョケキョというのを聞きました。やがてホーが付くようになるのでしょう。
Wikiによれば、ケキョケキョという鳴き声は警戒を表すと書いてありますが……

添付の写真2枚、あまり日当たりの良くない場所の紅梅が一輪花を咲かせたのが 1週間前で、上弦の月が写っています。 もう1枚は昨日、満月の日に同じ梅の木を撮ったものです。1週間でこんなに 満開になるとは驚きです。

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1月23日、上弦の月をバックに梅1輪
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1月30日、望月の日に

早咲きの梅が見ごろ?
2月1日(月)夜のNHKニュースで、「三渓園(横浜・本牧)の梅が見ごろ」と報じていました。
で、早速同園のHPで「花暦」の項を開いてみました。
 ウメ(梅) 2月上旬~3月中旬 
       外苑:林洞庵周辺、横笛庵周辺、旧燈明寺本堂周辺、南門周辺
……でも、このニュースを取材してすぐ雪が降りはじめたはずなので、梅もビックリ、慌てて芽を固く閉ざしてしまったのでは?
プロフィール

上郷/署名の会

Author:上郷/署名の会
横浜7大緑地の1つ「瀬上市民の森」に連なる瀬上沢はホタルの自生地として知られ、貴重な動植物が生息する自然の宝庫です。またみどり豊かな里山風景を今に残し、古代の製鉄遺跡や江戸時代に使われた横堰などの文化遺産も眠る横浜市民共有の財産とも言うべき緑地です。
その瀬上沢に大規模な上郷開発計画が浮上したのは2005年。瀬上沢を愛し、それぞれに保全運動をしてきた市民は、2007年6月に「上郷開発から緑地を守る署名の会」を結成、開発計画の中止と緑地の全面保全を求める活動を開始し、同年12月、市内全域はもとより全国各地から寄せられた92000筆あまりの署名を添えて横浜市長と市議会に陳情書を提出しました。
2008年9月、横浜市都市計画審議会は計画を承認せず、「上郷開発事業」は中止となりました。しかし地権者でもある開発事業者・東急建設は引き続き「開発の意思」を表明。2012年1月、ついに第3次開発計画の事前相談書を横浜市に提出しました。私たち「署名の会」はあらためてこの開発プランの問題点を指摘、瀬上沢の全面保全を求めて新たな活動を開始しました。
そして2014年1月、新たな動きが…?

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