12・9横浜市会本会議におけるQ&A

上郷開発問題めぐる市長答弁に注目! 林市長VS石渡議員の質疑から

今年も余すところ2日。来春の新たな取り組みに向けて、12月9日に行われた市会本会議における林市長の上郷開発問題についての発言を詳しく紹介しようと考えていた矢先、23日付けの記事のコメント欄に瀬上春夫さん?の投稿が載っているのに気がつきました。
林市長の発言の要点がコンパクトにまとめられているので、この際、転載します。(瀬上さん、ありがとう!)

なおナマの質疑応答を傍聴したい方は以下の録画をご覧ください。
http://www.yokohama-city.stream.jfit.co.jp/vod_play.php?CNTID=77571&PREVPAGE=%CC%E1%A4%EB

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東急建設による第3次上郷開発計画案

資料:12・9市会本会議 質疑の要点

 正月休みに入りほっと一息。ようやく12月9日に開かれた横浜市会の第4回定例会本会議の一般質問のURLを開き、石渡議員の質問と林市長の答弁を視聴しました。で、参考までにその要点をレポートします。
 
 石渡議員の質問は緑地の全面保全に向けた、なかなか鋭いものでした。
 最初の質問で石渡議員はまず、お膝元の栄区で進行している戸建住宅地の過疎化、また住民の高齢化を取り上げ、新たな開発が不要であることを示唆、そして横浜市が提唱している「駅を中心としたコンパクトシティ構想」の具対像について質しました。
 ついで第3次上郷開発計画については、
・地元の多くの意見が開発反対であること。
・質問冒頭の郊外住宅地における高齢化、人口減少問題に繋げ、まさにそのような事が予見される立地に自然を破壊してまで開発が必要なのか。
・大和ハウスによる700haもの土地の葉山町への寄付、三井不動産の湘南国際村における宅地を緑地に転換しての横須賀市への寄付に言及、次世代に緑を残すため上郷開発予定地の全面保全に向けた施策の必要性。
・林市長が日ごろから主張している緑地保全、生物多様性確保の具現化。
 ――以上について意見を述べ、市長の見解を問いました。。

林市長 横浜市HPから(トリミング)

 これに対し林市長は、
・前回の提案では瀬上市民の森に連なる樹林地の大幅な改変、高層マンション、大規模商業施設を予定していたが、今回は規模を縮小し、区域の60%以上の緑を残す計画である。
・身近にまとまった自然が残され、市民に利活用されているのは横浜の魅力であり、次世代へ引き継ぎたいと強く思っている。
・特に、まとまりのある樹林地については地権者の協力を得ながら、緑地保全に全力で取り組んでいく。
・瀬上市民の森等と一体となった良好な緑地、水辺環境の保全を図りつつ計画的なまちづくりを誘導するという当地区の都市計画上の位置付けを踏まえ、提案に適正に対応していく。
 ――と答弁、「今回は規模を縮小し区域の60%以上の緑を残す計画」であり、「特に、まとまりのある樹林地保全に全力」と述べることで、開発反対意見への予防線を張り、「良好な緑地、水辺環境の保全を図りつつ計画的なまちづくりを誘導するという当地区の都市計画上の位置付けを踏まえ、提案に適正に対応していく」と、平成16年の区マスタープランに書かれている「土地利用転換の可能性があります。その際には、緑地の保全とともに、地域活性化に貢献するような計画的なまちづくりが求められています。」よりも一歩踏み込んだ表現になっています。

 瀬上沢緑地における「計画的なまちづくり」とはどういうものか、また「適正な対応」とはどういうものか、年明け早々、追究・追及の要ありと思います。

12月街宣行動

師走の訴えに大きな声援 東急建設の「第3次開発計画」にNO!

冬至を過ぎ、最高気温8度・最低2度と、この冬でも特別寒い1日となった23日(金)、クリスマスセールで賑わう師走の港南台バーズ前で、今年最後の街宣活動を行いました。

「それにしても、今日はどうしたのかしら??」
……そんな声が参加メンバーの間でかわされました。
マイクの訴えとチラシまきを始めて5分もしないうちにカンパが5組くらい、そのあとも次々と。
用意したチラシ500枚を短い時間でまききり街宣が終わってみると、15組以上の方からカンパを頂きました。
しかも、小さな子どもさん何人かがカンパ箱にお小遣いを入れて下さったり。

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足下からあがる寒気も心あたたまる声援とカンパで一蹴!

今やすっかり港南台の風物詩のひとつとなった「瀬上沢の緑を守ろう!」とのノボリ旗やパネルに加え、この日は今月6日に東急建設から提示された「第3次開発計画案」の基本構想図を拡大したカラーパネルを掲げました。また2週間前の10日に朝日新聞が横浜版で大きく「開発再燃」と報じたアナウンス効果も?

立ち止まって地図を見つめる人、受け取ったチラシに目をやる人、カンパ箱に歩み寄る人、署名の会メンバーを激励する人……厳しい寒さの中の街宣活動でしたが、大いに励まされた1時間でした。

ちなみにこの日のカンパ総額は5640円でした。
市民のみなさん、有難うございました!
いよいよ来年は瀬上の開発問題にとって正念場となります。引き続きよろしくご支援ください。


■私たちの訴え:12月街宣チラシ1面

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■同2面

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 注:チラシの2面は東急建設による基本構想図ですが、経費節減のためモノクロ(白黒)印刷です。カラー版は12月7日付けの記事をご覧ください。

第3次上郷開発計画案をめぐる動き:速報4

石渡「市は受け身の姿勢から一歩前へ」 
市長「緑地保全に全力で取り組んでいく…」

12・9 市会本会議における石渡議員vs.林市長の質疑応答から 

12月9日(金)開かれた横浜市会の第4回定例会本会議の一般質問。
2番手で登場した石渡由紀夫議員(民主、栄区)の上郷開発問題についての質問に対して、林文子市長が「良好な緑地や水辺環境の保全をはかりつつ、提案に適正に対応していきたい」と答えたことは、10日付けの朝日新聞の記事で紹介済み。

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録画中継の模様が市のHPに載っていますので、質疑の詳しい内容をぜひご確認ください。
ただし、それでなくとも慌しい年の瀬です。石渡議員の質疑時間は全31分17秒、そのうち上郷問題は26分17秒~ですので、川辺芳男副議長の冒頭の発言と上郷問題をめぐる部分をとりあえずお聞きになってはいかが……。
http://www.yokohama-city.stream.jfit.co.jp/vod_play.php?CNTID=77571&PREVPAGE=%CC%E1%A4%EB

第3次上郷開発計画案の動き:速報3

市街化調整区域でなぜまた浮上?  上郷開発と都市計画の方針の関係

市会本会議で、新たな上郷開発プランの提案に対しては「適正に対応」と答弁した林市長。では、その基本的なスタンスはどのようなもの(であるべき)?
先の情報開示請求によって得た関連文書の中から、7月1日に開かれた上郷開発関係部課長会議において配布された参考資料1~3を掲載します。

人口減少社会の到来、そして大都市近郊の既成市街地における過疎化が社会問題となる一方、「市街化調整区域における土地利用の考え方」については「大きな変更は無い」とされる中で、なぜまたも「市街化区域」への区域区分変更、また用途地域指定(準住居!ほか)による大規模な宅地造成を狙うプランが再燃したのでしょうか。

先の第2次開発計画は横浜市の都市経営執行会議における「開発を誘導」という合意?(平成17年2月)により推進されようとしました。今回はこれまでの経過をふまえ、市民目線による厳しいチェックが不可欠です。


資料:上郷開発関係部課長会議配布文書から
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なお横浜市の第6回線引き見直しについては以下をご参照ください。
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenchiku/kikaku/cityplan/6hen/a>

第3次上郷開発計画案の動き:速報2

市会本会議で市長が言及  栄区・石渡議員が東急の開発計画を質す

12月6日、基本構想が対象とするエリアのゾーニングについて詳細は不明ながら新たに示された東急建設による「上郷猿田地区都市計画提案について」と題する開発プラン。

現在署名の会では地元自治会・町内会や横浜市の関係部課はじめ様々な場での東急建設サイドの説明内容の把握につとめ、このプランに対する意見集約を進めていますが、とり急ぎ本日10日付け朝日新聞の横浜版に載った記事を。

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朝日新聞 12月10日横浜版


昨日開かれた市会本会議における石渡議員(民主)の一般質問に対して市長が答えたことを報じたもので、林市長は市の一般的な対応を述べるにとどまっています。
「提案に適正に対応」とはどういうものか、以下、先に情報開示された横浜市の関連文書を紹介します。

第3次開発計画案の動き:速報

6日、署名の会に計画案示す 東急建設、「再提案」に向け事前説明開始
 
6日(火)午後2時から、みなとみらい21のクイーンズスクエアにある東急建設横浜支店で上郷開発特命プロジェクトチームの今井博史リーダーはじめ3氏と署名の会の山仲章介代表はじめ7名との面談が行われ、同社が来年早々にも横浜市に対して行う予定の「上郷猿田地区都市計画提案」についての概要説明がありました。

計画提案については既に今夏以降、横浜市の関係セクションとの間で様々な事前相談が行われてきている模様で、情報公開制度に基づく請求により11月28日に開示された「上郷開発関係部課長会」の議題など一連の資料によれば、上郷開発に関する「都市計画提案制度事前調整委員会」のメンバーは評価委員が座長である建築局長以下24名、また事前調整委員が同局の都市づくり部長を座長に全35名。つまりそれだけ検討課題があるということになります。

こうした横浜市の各セクションとの間の事前相談&アドバイスの内容をふまえた検討により計画案の狙いと全貌が明らかになるだけに、今後の情報にご注目ください。
以下、とりあえず今回提示された東急側文書を検討資料として掲げます。

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■関連資料=都市計画提案の流れ(11月28日開示資料から)
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同社は「今回の提案では、保全緑地や都市公園または農地保全区域の内容について、専門家や市民グループとの意見交換を予定」としており、署名の会は今後、計画案そのものの抜本的な見直しを含め、東急建設及び横浜市との折衝を進めていく予定です。引き続き、ご支援・ご協力をお願いいたします。

護念寺縁起余話

孟宗竹?見つけた! 磯子の沖に浮かぶ海苔養殖の筏       

たまたま検索していたら、“横浜を愛する中年男が気ままに書いた日記”というふれこみの「バックGの日記」なるブログに行き当たり、そこにある1枚の写真に目がとまりました。

護念寺の孟宗竹の活躍を偲ばせる貴重な光景!
こちら、時代は昭和。でも国道16号線沿い、森の海岸では江戸の昔から連綿と海苔採りが行われてきたことを連想させます。以下、2007年01月21日の記事と写真をそのまま紹介します。

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昭和30年頃の磯子・森海岸の写真

我が家は代々海苔養殖を家業としていました。
先々代が分家として分かれて新たに屋号をもらいましたので私は三代目にあたります。

数年前に亡くなった総本家の当主が八代目らしかったのでそこから数えると私は九代目になります。
私が4・5歳の頃から磯子の埋め立てが始まりました。
それまでは冬は海苔を採り、夏は海水浴場をやっていたのを覚えています。

父は冬になると朝の2時頃に海苔を採りに海に出て、5時頃には作業場での板海苔作りが始まっていました。寒い場所での冷たい水作業はとても辛かったことだと思います。

写真は、旧磯子プリンスホテルの庭から撮影されたものだと思われますが定かではありません。
国道16号線には市電が走っていますし、自動車の数がまだまだ少ないのが分かります。

海に浮かんで見えるのが海苔の養殖です。小舟で漕ぎ出し、すべて手作業で海苔を採っていました。

なお詳しくはhttp://buck.hama1.jp/e7161.htmlへ。
:読みやすいように改行、1行空けの処理を行いました。(ブログ制作本舗・M&M)

瀬上沢通信員だより:スペシャル

護念寺縁起と江戸時代の緑地保全策 その3
煩悩に取り憑かれた愚行を駁す

時の指導者は、森林崩壊⇒文明崩壊を予見して未然に手を打ち前述の諸施策で大ナタを振るい、さらにきめ細かい対応策(覆いのない炊事炉に代わって燃費のよい竈の設置、家全体を暖める習慣に代わる移動可能な小さい火鉢の使用、冬の暖房に太陽光(熱)の利用、身分別の家屋の間口制限、イトスギ・スギその他の良質な樹木の公共の看板への使用禁止、正月飾り用として承認されていた樹木の一覧から大きなマツを除外)を実施し、1660年代において、すでに日本は社会のあらゆる階層において森林利用を規制する全国的な取り組みに着手、1700年には森林管理の緻密なシステムを整えていたとのこと。

これを現代に当てはめてみると、栄区では人口が減少して行くのが見込まれ、実際にかつて開発された住宅地には、空き家が目立つようになってきている。それにもかかわらず、民間デベロッパーは開発を制限すべき市街化調整区域をなんとかして市街化区域に変えようと、緑地を保全するための各種法規の間隙を縫って画策している。

緑地を壊し不要な開発を行うことは先人達が残してくれた財産を無にすることであり、仏教でいう煩悩(物欲・金欲など)に取り憑かれた愚行であろう。 

自然は一度破壊されたら元に戻らない。                 
我々は、近世の「森林崩壊⇒文明崩壊」を喰い止めた優れた自然保全策をしっかりと受け継ぎ、さらに昨今声高に叫ばれている「生物多様性の追求⇒人間の幸福の増進」の理念を単なるお題目とせず、よい環境を後世に残したいものである。

注記:著者ジャレド・ダイアモンド博士のこと
ジャレド・ダイアモンド(1937年9月10日~)は、アメリカ合衆国の進化生物学者、生理学者、生物地理学者、ノンフィクション作家。
著書『銃、病原菌、鉄』で1998年度のピューリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)、1998年コスモス国際賞を受賞した。また、1999年にアメリカ国家科学賞を受賞している。現在、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授。
マヤ文明など、文明が消滅した原因を考察し、未来への警鐘を鳴らした『文明崩壊』がある。


瀬上沢通信員だより:スペシャル

護念寺縁起と江戸時代の緑地保全策  その2
築城による乱伐後に森林再生へ

早速ネットで調べてみると、2005年に草思社から刊行された『文明の崩壊』の内容の一部が得られたので、以下紹介する。

江戸時代のはじめ、日本の森は危機に瀕していた。統一権力のなかった戦国時代に乱伐がおこなわれた上に、秀吉の時代にあいつぐ大規模な土木工事と朝鮮出兵のための大型船の建造、鉄の精錬で木材が大量に費消され、本州と九州と四国の原生林は一部を除いて壊滅状態だったというのだ。

さらにその後継者である将軍家康、そのほかの大名の多くが先頭に立ち、壮大な城や寺を建造して自己満足に耽ったり、互いを圧倒しようと試みたりした。

家康が築いた城のうち最大の3城だけで、約25平方キロの森林を伐採する必要があった。そして次代将軍のもとで、約200の城下町が生まれた。市街地の住宅建設が木材の需要の面で支配層の巨大建造物を上回った。1570年から1650年頃には建築の急増と森林乱伐が頂点に達した。

しかし、日本は次の2世紀のあいだに少しずつ、これまでよりずっと持続性のある資源消費率を達成してみせた。この方向転換は代々の将軍の上からの主導で行われた。幕府は森を復活させるために樹木1本1本の台帳をつくり、農民の利用を制限し、専任の管理者をおいて厳重に管理した。諸大名もそれにならった。今日に残る日本の森は江戸時代に200年余をかけて再生させた森だったのである。

同書下巻の記述だが、まさに護念寺の縁起はこの記述にピッタリと当てはまるではないか!

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護念寺の参道にある厠。目隠しに竹が使われている

(つづく)

瀬上沢通信員だより:スペシャル

護念寺縁起と江戸時代の緑地保全策  その1
樹林地守るため寺を建立

先日の円海山ウォークイベントで、護念寺のご住職からお寺の縁起について話を伺った。
要約すると、
・400年ほど前まで遡る念仏道場があったところに、徳川将軍の命で宝暦2年(1752年、将軍は9代家重)、あたり一帯の樹林地を護る目的で護念寺が建立された。
・寺は高僧の隠居寺として代々受け継がれてきた。
・第5代の萬随和尚が嘉永6年(1853年)、夢枕に拝授した灸を施してより円海山護念寺の名が広まり、「峯の灸」で知られるようになった。
・かつて杉田の磯で海苔養殖が盛んだった頃は、お寺の孟宗竹が海苔篊(のりひび)と、その浮きに使われた。油成分を多く含むこの地の竹は耐久性が高く好評で、伐採限度ぎりぎりまで切り出された。

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家重の肖像画(徳川記念財団蔵=ウイキペディアより)

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海苔ヒビ(富津市立富津埋立記念館資料から)

で実は「将軍が江戸時代、樹林地を護る目的で」とそこまで聞いたとき、最近目にした新聞の書評のことを思い出した。
あらためてスクラップにあたると、ジャレド・ダイアモンド博士が『文明の崩壊』という著書のなかで、日本では将軍のトップダウンによる施策により世界で唯一、森林保全に成功した国、と讃えている。

関連注記:富津における海苔養殖技術の変化
 竹ヒビ(たけひび) 孟宗竹を使用した海苔ヒビで、富津で海苔養殖が開始された昭和5年から使用された。海苔養殖の開始が早かった人見・青堀地区では江戸末期~明治時代から使用されていた旧来からの海苔ヒビで、昭和24年に化繊の海苔網が使用されるようになってからは少なくなったが、昭和30年代中頃までは補助的に使われていた。

(つづく)
プロフィール

上郷/署名の会

Author:上郷/署名の会
横浜7大緑地の1つ「瀬上市民の森」に連なる瀬上沢はホタルの自生地として知られ、貴重な動植物が生息する自然の宝庫です。またみどり豊かな里山風景を今に残し、古代の製鉄遺跡や江戸時代に使われた横堰などの文化遺産も眠る横浜市民共有の財産とも言うべき緑地です。
その瀬上沢に大規模な上郷開発計画が浮上したのは2005年。瀬上沢を愛し、それぞれに保全運動をしてきた市民は、2007年6月に「上郷開発から緑地を守る署名の会」を結成、開発計画の中止と緑地の全面保全を求める活動を開始し、同年12月、市内全域はもとより全国各地から寄せられた92000筆あまりの署名を添えて横浜市長と市議会に陳情書を提出しました。
2008年9月、横浜市都市計画審議会は計画を承認せず、「上郷開発事業」は中止となりました。しかし地権者でもある開発事業者・東急建設は引き続き「開発の意思」を表明。2012年1月、ついに第3次開発計画の事前相談書を横浜市に提出しました。私たち「署名の会」はあらためてこの開発プランの問題点を指摘、瀬上沢の全面保全を求めて新たな活動を開始しました。
そして2014年1月、新たな動きが…?

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