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山崩れへの備えは?  里山歩きで見た「いま、そこにある危機」

激しく長い揺れ、そして津波襲来の緊急速報。
しかし、その時誰がこれほどの激甚災害になると予想したでしょうか……。
 3月12日(土)朝刊 死者60 行方不明56 負傷者241 
   *11日午後9時現在、警察庁まとめ
 3月26日(土)朝刊 死者10102 安否不明19752 
   *25日現在、朝日新聞まとめ

巨大地震発生から2週間余。しかし地震や津波による被害に加え福島原発による放射能汚染禍により事態はますます深刻さを増しています。死者・行方不明は戦後最大、しかも原発からの避難民の増大で被災者数は拡大するばかりです。

「備えあれど憂いあり」……自然の猛威におののくとともに、あらためて原発をめぐる人智の奢りを痛感せざるをえません。

巨大地震から2日後の13日(日)に行われた「瀬上の春を歩こう会」の参加者から便りが届きました。ちょっと長いのですが、里山の自然といかに向き合うか、山崩れへの警鐘として紹介します。(編集部)

◆「山動く…」 (読者投稿から)
 
 先日の里山歩きで、神保さんが何度も口にされた言葉に「山は動いている」というのがあります。この言い回しは、政局などに大きな変化があるときによく使われるので、最初はピンときませんでした。
 地震で山が移動するような自然の瞬発力ではなく、もう一方の、じわじわと着実に働く自然の力が「山動く」という形であらわれてきています。
 それは、人が山の手入れを怠ったことにより山の植生が変わると共に、表土の流出や崖崩れが発生し、沢筋が変化したり、池が埋まったりして山容が変わってしまうことなどを指しています。

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 あるブログから引用すると、「武蔵野(現在の東京、埼玉、神奈川の一部)に限って言うと、中世から江戸時代の初めまでは一面のススキ原であった。江戸に幕府が開かれ、人口が増えてきて薪や炭などの燃料が大量に必要となった。そこで、ススキ原を刈ったり焼いたりしてクヌギやコナラを植えていったのである。」とあります。
 しかし上郷から円海山の辺りは既に律令時代には穀倉地帯であり、燃料や肥料を調達するため、とりわけ製鉄用の炭を作るため雑木林が作られ、里山として営々と受け継がれてきたものと思われます。
 
 ところで雑木林は放っておけば雑木林のままであるのではなく、15~20年に一度伐採することで萌芽更新させ、下草刈り、小枝切りなどの手入れすることにより雑木林が保たれるそうです。これを怠ると雑草や笹などが生えてきて、数十年するとシイやカシ、タブなどの常緑広葉樹に覆われ、いわゆる極相林となってしまうそうです。

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 円海山一帯で山が動いている具体的な例には、急斜面で大きくなり過ぎてしまった本来伐採されるべき木が、その重さや風の力により谷側に倒れ、これまで土を押えていた根が腐り、その腐った根を伝って水が入り、あちこちで急斜面崩壊の原因となっていることがあります。

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雙葉学園の田んぼの直ぐ近くにも崩落危険地が…(3月15日)

 実際に崩壊した土が流れ込み、瀬上池は埋まりつつあります。加えて蔓性植物が樹冠を蓋ったり、タイワンリスによる食害で枯れる木も多く、大風や大雨、地震による振動などがなくてもこの山の動きは大きくなっています。瀬上市民の森の管理がどうなっているのか気になるところです。SY生

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上郷/署名の会

Author:上郷/署名の会
横浜7大緑地の1つ「瀬上市民の森」に連なる瀬上沢はホタルの自生地として知られ、貴重な動植物が生息する自然の宝庫です。またみどり豊かな里山風景を今に残し、古代の製鉄遺跡や江戸時代に使われた横堰などの文化遺産も眠る横浜市民共有の財産とも言うべき緑地です。
その瀬上沢に大規模な上郷開発計画が浮上したのは2005年。瀬上沢を愛し、それぞれに保全運動をしてきた市民は、2007年6月に「上郷開発から緑地を守る署名の会」を結成、開発計画の中止と緑地の全面保全を求める活動を開始し、同年12月、市内全域はもとより全国各地から寄せられた92000筆あまりの署名を添えて横浜市長と市議会に陳情書を提出しました。
2008年9月、横浜市都市計画審議会は計画を承認せず、「上郷開発事業」は中止となりました。しかし地権者でもある開発事業者・東急建設は引き続き「開発の意思」を表明。2012年1月、ついに第3次開発計画の事前相談書を横浜市に提出しました。私たち「署名の会」はあらためてこの開発プランの問題点を指摘、瀬上沢の全面保全を求めて新たな活動を開始しました。
そして2014年1月に始まった新たな動きがいま地域の住環境・自然環境を揺るがす重大な岐路に……。

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