東日本大震災を考える-3

悲劇をふまえ原発全面廃止へ  「手抜き工事が招いた事故」との告発メール

原発に対する賛否を越え、原発の建設工事そのものについて3・11大震災後の早い段階から問題点を指摘するメールが届いていました。
TKさんから届いた「原発事情」もその一つ。TKさんの大先輩である西洋建築史の大家KSさんのメールを読むと、地震直後に福島原発関係者が家族を疎開させたという噂がガセネタでなかったことがよくわかります。


Sent: Wednesday, March 16, 2011 11:43 PM
Subject:KS:原発事情


原発については、いくつかの思い出やいろいろと考えることがあります。
1950年卒の東大の同級生のうちの数人が、1960年代から70年代にかけてほぼ10年前後、初期の原発の原子炉上屋の設計に専心従事していたと思います。いずれも優秀な構造エンジニアで、RC の上屋の耐震性について絶対に近い自信を持っていました。
日本の原発は東海原発(1960ー65、英国製 GCR黒鉛炉、1998廃止)に始まり、敦賀第一原発(1966ー70、米国製GE軽水炉、東京防災設備)、東海第二原発(1973ー78、GE軽水炉、 GE・日立・清水建設)を経て、敦賀第二原発(1982ー87、三菱重工)から完全な国産化に入ったと思いますが、この間にすでにスリーマイル島原発(1979)とチェルノブイリ原発(1986)の原子炉メルトダウンが起こっており、原発反対の声が圧倒的でしたので、わが級友たちは「日本の原子炉は絶対に安全だ」と説得に努めることに全力をあげていました。上屋の構造と施工にはそれだけの自信があったのだと思います。
しかし、問題は原子炉や上屋の設計にあったのではなく、原子炉の施工と維持管理にあったと確信しています。原子炉の設計は完璧でも、その組立ても現場管理もいい加減であったことは何人かの真面目な現場従事者が証言しています。第一、まともな業者は危険を恐れて仕事を引き受けず、命知らずの業者と出稼ぎ職人しか現場に参加しなかったといわれています。電力会社の監督や検査のいい加減さ、廃棄物処理の無責任についてはいうまでもありません。こうした事情のなかで、80もの原発が造られたのは実に驚くべきことで、政府の無責任と電力会社の強欲、そして両者の怠慢によるものとしかいえないでしょう。
今回の悲劇を踏まえて、原発全面廃止の方向に向かって国策を立て直して欲しいと願っています。

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上郷/署名の会

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横浜7大緑地の1つ「瀬上市民の森」に連なる瀬上沢はホタルの自生地として知られ、貴重な動植物が生息する自然の宝庫です。またみどり豊かな里山風景を今に残し、古代の製鉄遺跡や江戸時代に使われた横堰などの文化遺産も眠る横浜市民共有の財産とも言うべき緑地です。
その瀬上沢に大規模な上郷開発計画が浮上したのは2005年。瀬上沢を愛し、それぞれに保全運動をしてきた市民は、2007年6月に「上郷開発から緑地を守る署名の会」を結成、開発計画の中止と緑地の全面保全を求める活動を開始し、同年12月、市内全域はもとより全国各地から寄せられた92000筆あまりの署名を添えて横浜市長と市議会に陳情書を提出しました。
2008年9月、横浜市都市計画審議会は計画を承認せず、「上郷開発事業」は中止となりました。しかし地権者でもある開発事業者・東急建設は引き続き「開発の意思」を表明。2012年1月、ついに第3次開発計画の事前相談書を横浜市に提出しました。私たち「署名の会」はあらためてこの開発プランの問題点を指摘、瀬上沢の全面保全を求めて新たな活動を開始しました。
そして2014年1月、新たな動きが…?

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