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東日本大震災を考える-6

3・11――海が震えた日  「その日その時」の横須賀港の異変レポートから

マグニチュード9の激震の余震冷めやらず、なおまた福島原発事故による放射能汚染禍が日々深刻化する中で、3月11日午後2時46分……「その日その時」の横須賀港の異変をレポートした貴重なニュースが届きました。
タイトルは「海が震えた日、地震直後の横須賀港で何が?-軍港ブロガーの記録」。
http://yokosuka.keizai.biz/headline/538/

「海が震えた日」の冒頭部分(抜粋)
 東日本大震災から約1カ月、横須賀本港には災害派遣された海上自衛隊の護衛艦が補給のため一時帰港し、4月2日には日米艦船の見学クルーズ「軍港めぐり」もようやく再開された。再開便の乗船客の中に、2年半にわたって軍港ブログ「ふりかけ日日日報」を書き続ける女性ブロガー「ミカ」さんの姿もあった。  
 元雑誌ライターのミカさん(横浜市在住)は、地震当日も軍港めぐりに乗船。当日の横須賀本港の出来事をブログに克明に書き残している。「海が震えるという初めての体験。余震に怯えながらも記録を残さなければと、メモと写真撮影を続けた」という。現場に居合わせたミカさんの貴重な記録や写真、船舶関係者の証言をもとに、地震直後の横須賀港の様子を再現してみたい。 
 3月11日14時46分、宮城県北部で震度7の大地震発生。軍港めぐり最終便が汐入桟橋に着岸して5分後、それまで穏やかだった海面に渦巻くような異様な波が走り始めた。(以下略)

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「引き波」で海底まで水が引いたヴェルニー公園の岸壁(同ブログから)。この後、津波が!

以上は横須賀経済新聞(Webニュース)による4月7日発信の紹介記事。
その一部を転載しましたが、もともとの生々しいレポートと写真(3月12日付け)は「ふりかけ日日日報」と題する“横須賀軍港めぐり”のブログに載っていますので、ぜひご覧ください。
http://dybrristol.exblog.jp/14416755/

横浜港でも津波
なお「県のたより」4月号によれば、県内でも横浜市・横須賀市で1.6メートル、また小田原市で0.9メートルの津波が観測された、とあります。
私たちの住むエリアは海岸線から遠く、横浜第2の主峰である円海山(153メートル)の山麓に連なる瀬上沢緑地一帯もまた津波被害から縁遠いものと思われますが、水辺と親しむ季節を迎え、自然との共生、津波そして災害への備えをあらためて考えるきっかけとしたいものです。

速度比較(「県のたより」から)
 津 波 時速500キロ *水深2000メートルの場合 
 新幹線 時速270キロ *「のぞみ」の場合
 自動車 時速100キロ
 自転車 時速20キロ
 人 間 時速4キロ

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上郷/署名の会

Author:上郷/署名の会
横浜7大緑地の1つ「瀬上市民の森」に連なる瀬上沢はホタルの自生地として知られ、貴重な動植物が生息する自然の宝庫です。またみどり豊かな里山風景を今に残し、古代の製鉄遺跡や江戸時代に使われた横堰などの文化遺産も眠る横浜市民共有の財産とも言うべき緑地です。
その瀬上沢に大規模な上郷開発計画が浮上したのは2005年。瀬上沢を愛し、それぞれに保全運動をしてきた市民は、2007年6月に「上郷開発から緑地を守る署名の会」を結成、開発計画の中止と緑地の全面保全を求める活動を開始し、同年12月、市内全域はもとより全国各地から寄せられた92000筆あまりの署名を添えて横浜市長と市議会に陳情書を提出しました。
2008年9月、横浜市都市計画審議会は計画を承認せず、「上郷開発事業」は中止となりました。しかし地権者でもある開発事業者・東急建設は引き続き「開発の意思」を表明。2012年1月、ついに第3次開発計画の事前相談書を横浜市に提出しました。私たち「署名の会」はあらためてこの開発プランの問題点を指摘、瀬上沢の全面保全を求めて新たな活動を開始しました。
そして2014年1月に始まった新たな動きがいま地域の住環境・自然環境を揺るがす重大な岐路に……。

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